作品紹介

正月用の食材を目当てに訪れる大勢の買物客。日本の年末の風物詩として親しまれてきたアメ横では近年、昔からある魚屋や洋服屋と並んで、中華料理屋、ケバブ屋、居酒屋といった飲食店が数多く軒を連ねるようになりました。中華料理屋の常連であり、日本に20年以上暮らす中国人男性は「アメ横は私たちにとって懐かしい場所だ」と語ります。様々な出自を持つ人たちが、少しずつ違う「懐かしさ」を求めて集まる街。ここでは、顔も名前も知らない他人同士が、自分の居場所を求めてわずか数百メートル続く飲食店の軒先に足を運び、同じ時間を過ごしています。ただし客層は店によって鮮やかな区別があり、隣り合う店の客同士が交わる機会はないようです。

上野アメ横の立ち飲み居酒屋「魚草」のメニューに書かれた「音楽と酒(1000 円)」を注文すると、客は酒を片手に隠し小部屋へと案内されます。そこでは、アメ横に足を運ぶ無名の常連たちの物語が再生されます。言葉を交わすことなくすれ違っていた「他人」たちの物語に耳を傾けるとき、都会の愛おしき隣人が形を帯びてくるでしょう。